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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)900号 判決 1963年10月30日

理由

一  控訴組合が中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であり、被控訴人及び訴外佐藤守男が控訴組合の組合員ではないこと、控訴組合が福岡法務局所属公証人清水直の作成にかかる第一〇三、〇四七号金銭消費貸借公正証書(右訴外人を主債務者、被控訴人を連帯保証人とする執行証書)の執行力ある正本に基づき、被控訴人に対し金一、六七四、八五五円の残元金及びこれに対する昭和三〇年四月七日以降日歩五銭の割合による損害金の連帯保証債権があるとして、被控訴人所有の不動産に対し強制競売の申立てをなしたことは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は本件公正証書(甲第一号証、乙第八号証の一)は、訴外佐藤守男が無権限で被控訴人を代理して公証人にその作成を嘱託して作成されたものであり、乙第八号証の二(委任状)は、被控訴人名下の印影のみの成立を認め、その余を否認すると主張するが、右主張を確認すべき証拠はないので、乙第八号証の二の委任状は真正に成立したものと推定すべく、また、本件公正証書は正当適法に作成されたものと推定すべきであるから、特段の事情のないかぎり控訴組合は本件公正証書記載のとおり、昭和二九年四月一三日訴外佐藤守男に対し金二七〇万円を、利息は別に当事者の定める利率とし(成立に争いのない乙第一号証並びに右乙第八号証の一によれば、利息は日歩四銭であることが認められる。)、元金二七〇万円のうち金七〇万円は昭和二九年四月二五日かぎり、残金二〇〇万円は同年七月三一日かぎり、各その月までの利息とともに控訴組合営業所において弁済すべく、一回でも右分割弁済を怠るかその他右契約に違反したときは、控訴組合からなんらの告知催告をしないでも、期限の利益を失い、即時債務全部を皆済し、なお遅延利息を日歩五銭とする消費貸借ないし準消費貸借上の債権を有し、被控訴人において右債務の連帯保証債務を負担し、かつ右主債務を担保するため、被控訴人所有の久留米市西町字神浦の一、一二五一番地の二宅地七二坪五合二勺外宅地一筆及び建物二棟計四個の不動産に抵当権を設定したものと認むべきであるから本件公正証書が偽造であることを前提する被控訴人の主張は理由がない。(本件公正証書作成の経緯等については後記四参照)

三  ところで被控訴人は、右公正証書記載の金二七〇万円の借主は訴外株式会社日本理工社であり、控訴組合代表者代表理事及び参事野田省三の両名が、私利をはかる目的で控訴組合の資金をほしいままに流用して、両名が個人として貸与したものであると主張するが…、右主張を確認するに足る資料はない。(なおこの点についての詳細は後記四参照)

四  つぎに被控訴人は、かりに訴外佐藤守男が公正証書記載の金員を借受けたと仮定しても、控訴組合は非組合員である同訴外人に金銭を貸付けることは禁止されているので、控訴組合と同訴外人間の貸借契約は無効であり、したがつて被控訴人のなした連帯保証契約もまた無効であると主張するので、ここに本件公正証書が作成された経緯並びにその後の顛末等についても併せて判断することとする。

証拠を総合すれば、つぎの事実、すなわち、

被控訴人の女婿佐藤守男は防火塗料「シバアトム」の製造販売を目的とする株式会社日本理工社に出資してその常務取締役になろうと欲し、短期間内に返済をなし得る旨を告げて控訴組合に金融を申込んだところ、当時控訴組合は中小企業金融公庫等から金六〇〇万円の融資を受けて、相当の遊資金があつたので、当時の控訴組合の代表理事池尻徹男と参事野田省三が主導者となり、これを貸付け利殖すべく、金二七〇万円を佐藤守男に貸与することとなつたが、控訴組合の事業目的は、甲第三号証登記簿抄本に記載のとおり、一、自転車、バイク、モーター及びそれの部分品、タイヤ、チユーブの共同仕入れ及び組合員に対する供給。二、組合員に対する事業資金の貸付け(手形の割引を含む)及び組合員のためにする借入れ。三、商工組合中央金庫、信用金庫、信用協同組合、市内各銀行に対する組合員の債務の保証又はこれらの金融機関の委任を受けてする組合員に対するその債務の取立て。四、組合員の地位の向上のためにする団体協約の締結。五、組合員の事業に関する経営及び技術の改善、向上又は組合事業に関する智識の普及を図るための教育及び情報の提供。六、組合員の福利厚生に関する事業。七、前各号の事業に付帯する事業であり、(当時施行の中小企業等協同組合法第九条の二第一項各号参照)同第九条の二第二項(現行の同法第九条の二第三項)所定のような員外者への貸付けに関する事業は明示的にはその目的とされていず、従つて登記もなされていなかつたので、控訴組合の代表理事池尻徹男及び参事野田省三の両名において、控訴組合理事会の承認決議を経て金二七〇万円を控訴組合から借用し、昭和二九年四月一三日この金二七〇万円を、内金七〇万円は同年四月二五日、残金二〇〇万円は同年六月一五日を弁済期日とし、利息日歩四銭遅延利息日歩五銭と定めて、訴外佐藤守男に貸与し、(もし、後記排斥した証人らのいうとおり、右金二七〇万円が池尻徹男、野田省三において、日本理工社に出資ないし貸付けたものとすれば、当時いまだ同会社の取締役でなかつた佐藤守男に、二七〇万円を交付する筈がなく、また、被控訴人において、これに関する書類の提出の申立、送付嘱託等を求むべきであるのに、この行為に出でないことは、右証人らの証言の信用できない事由の一つである。)被控訴人は右債務を担保するため、その所有の久留米市西町字神浦の一、一二五一番地の二宅地七二坪五各二勺の土地外一筆の宅地及び建物二棟(前示二に認定した不動産)につき抵当権を設定し、同年四月一三日福岡法務局久留米支局受附第二、三六二号をもつてその旨の登記を了した上(この登記申請においては登記義務者の権利に関する登記済証は添付提出されないで、甲第四号証の保証書が添付提出されているが、このことだけで右の登記が被控訴人の意思に出でないものであるとすることはできないし、保証書を添付し登記した場合、登記所は登記義務者本人である被控訴人にその旨通知するので(当時施行の不動産登記法第六一条、同法施行細則第七〇条参照)、被控訴人はこの登記のなされたことを、その頃知悉したことは間違いない。この登記のなされたことすら被控訴本人は知らなかつた旨の佐藤守男の証言、被控訴本人の供述の信用できない一つの証左である。)即日この債権及び抵当権を控訴組合に譲渡したが、いまだ譲渡の登記がなされず、佐藤守男及び被控訴人において、昭和二九年四月二五日までに支払うべき金七〇万円をさえ弁済しない折柄、中小企業金融公庫及び同公庫から融資を受けた控訴組合は昭和二九年六月二〇日頃会計検査院の検査を受け、係官から被控訴人・佐藤守男に対する債権保全の方法が不十分であり、早急これが返済を求めるよう指摘されたため、控訴組合と前示債権の譲渡を承諾した佐藤守男・被控訴人との間において、控訴組合が両名に対して有する前示譲受け債権金二七〇万円に関し、同金員を控訴組合が昭和二九年四月一三日直接佐藤守男に貸付け、内金七〇万円の弁済期は譲受債権のそれと同様に同年四月二五日とするが、残金二〇〇万円の弁済期は同年七月三一日とし、その他先に説示した本件公正証書記載のとおりの債権に改め、同年六月二八日その旨の公正証書(甲第一号証・乙第八号証の一)を作成し、同年八月二一日前記の債権及び抵当権の譲渡についてその登記を了したのであるが、被控訴人らにおいて本件債務二七〇万円の元金及びその金利を弁済しないため、控訴組合は昭和二九年一〇月一一日被控訴人を執行債務者とし、福岡地方裁判所久留米支部に対し、本件執行証書に基づいて被控訴人所有の不動産に対して、元金二七〇万円及びこれに対する昭和二九年四月二六日(本件執行証書には、貸付日より同月二五日までの利息は、前認定のとおり当事者間の協定した利率と記載してあるため、利息については同証書が執行名義となり得ないので、)以降日歩五銭の割合による遅延損害金の満足を得るため、強制競売の申立てをなしたところ、被控訴人は控訴組合と和解をなして昭和三二年三月七日右不動産強制競売申立事件が取下げとなるまでの間、右競売事件の続行中、当事者間に和解が進行中であることを理由として数回にわたり、控訴組合と連署の上、前示久留米支部に競売期日の変更を申請し、かつその間元利金一部の弁済があつたため、控訴組合においても、遂に右競売申立てを取下げたのであるが、被控訴人及び佐藤守男においては、その後の弁済をしないので、控訴組合は再び本件執行証書を債務名義として、被控訴人所有の不動産に対し、前示一のとおり競売を申立てるにいたつたこと。

の諸事実を認定することができる。この認定に反する前示排斥した証拠は、挙示の証拠と対比して信用できないし、他にこの認定を左右し得る確証は存しない。以上の認定によれば控訴組合代表理事池尻徹男及び参事野田省三の両名が控訴組合から金二七〇万円を借受け即日これを員外の佐藤守男に貸付けた上即日この貸金債権を控訴組合に譲渡して譲渡について佐藤守男の承諾を得たという行為はこれによつて経済上は当初から控訴組合が佐藤守男に貸付けたと同一の効果を意図してその意図を実現したことに帰する一連の行為に外ならないのであるが、中小企業等協同組合法の事業協同組合は、前示行為当時の同法第九号の二第二項に明規するとおり、組合員の利用に支障がない場合にかぎり、一事業年度の組合員の利用分量の総額の一〇〇分の二〇を超過しない範囲内において、員外者にその事業を利用させることができるのであつて、このことは事業協同組合の定款に明定してあると否とを問わないと解するのが相当であり、これは同条第一項本文・第三項等の規定と第二項の規定とを比較対照することによつて容易に理解しうるところである。しかして、員外者に事業を利用させることが、本件におけるように金銭を貸付ける行為である場合、貸付け行為が組合員の利用に支障を生じ、また貸付金額が前記一〇〇分の二〇の制限量を超過するとしても、その行為をなした組合役員に同法第一一二条の罰則が適用せられることのあるのは格別、右貸付行為は私法上有効と解しなければならない。けだしこれを無効と解せんか事業協同組合は貸付けを受けた者に対し約定の弁済期限にかかわりなく、不当利得として貸付けた金員の、即時返還を請求し得る利益を有する反面、元本に対する損害金債権は法定利率(約定の利息・損害金より低率であるのが普通であろう)によることとなり、貸付けに付随する保証、抵当権のような人的物的担保はすべてその効力を失い、時に不当利得返還請求権は実効を収めずして事業協同組合に損失を及ぼし、ひいては組合の基礎を危殆ならしめるおそれがないとはいえない。またこれを貸付けを受ける員外者の立場から考えるに、当該貸付行為が組合員の利用に支障をきたすか否か、貸付け金額が前示制限量を超過するか否かは、これを知ること殆んど不可能のことに属するのに、たまたま貸付行為が前示法条に違反するという、それだけの理由によつて、貸付金全額の即時返還を請求されるという非合理を見るのである。すなわち、前示第九条の二第二項違反の行為については、違反行為をなした事業協同組合の役員を処罰して取締れば足りるので、違反行為の私法上の効力を否定して、これを無効とすることは、行為の当事者双方にとつてなんら益するところはないのである。控訴組合のなした員外者佐藤守男に対する本件金二七〇万円の貸付行為を無効とし、従つてこれを前提とする本件被控訴人のなした連帯保証行為もまた無効とする被控訴人の主張は、その前提を欠くので採用することはできない。

五  以上見たとおり、被控訴人の主張はすべて理由がなく、また被控訴人において弁済その他の理由によつて債務が消滅した旨の抗弁を提出しないので、本件執行証書に表示の債権は、前示一に示すとおり残存するものというべく、また控訴組合においては、右残存債権額を超えて存在することを主張し、もしくは主張すると認むべきおそれはないので、被控訴人の請求をすべて棄却すべく原判決は不当である。

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